いこのひびつれづれ。

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東軍慰霊

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前の記事で散々「別記事で書きます」と言っておきながら、書くのが遅くなってしまって申し訳ないです。
と言う訳で、2014年10月4日の京都日帰り旅行の後半戦を、さらっとお伝えしておきます。
前半戦は、直前の記事をご覧ください。

さて、京都にはすぐ出られる距離にいるのに、何故10月4日という日程に拘ったかと言うと、この日にとあるイベントがあったからです。
それは「第22回東軍慰霊祭」、新選組友の会様主催による戊辰戦争旧幕府軍(東軍)の慰霊祭です。
これに参加させていただこうと思いまして。
午後からのこの慰霊祭に間に合うよう、まずは午前中に嵐山に行き、昼食後に一度京都駅に戻ってから、会場である淀へと急ぎました。
京都競馬場のすぐそばですね。
自分は初めての参加となりました。
 
今まで参加したことのなかった慰霊祭に何故今更(というのも心苦しくはありますが)参加しようと思い立ったかというと、あるエピソードが。
 
実は今年の7月にある幕末講座に参加するため上京した際(詳しくは2014年7月19日付け記事「突発旅行」にて)

井上源三郎墓所、宝泉寺にて、井上源三郎のご子孫である井上雅雄さんにお会いしたのですが。
その時に「10月に淀で天然理心流の演舞をするから、よかったら見に来てください」井上さんからと言われていたのです。
淀周辺は、戊辰戦争時の激戦区。
井上源三郎が亡くなったのも、淀周辺でした。
その淀で、井上源三郎のご子孫である雅雄さんが、近藤さんや土方さん、沖田、そして井上源三郎が使った天然理心流の演舞をするなんて!
その時の驚きと感動と言ったら。
井上源三郎墓所で、こうしてお会いできたこと、そしてお誘いを受けたことも何かの縁。
このご縁を大切にしようと思って、参加を決意した次第。
結論から言えば、その縁を大切にして本当によかったと思ってます。
 
さて、その慰霊祭の会場は、淀にある妙教寺
戊辰戦争時の砲弾跡が境内にあることで有名なお寺ですね。
自分も数年前の夏に一度訪れたことがあります。
ただ確か中は通常は非公開だったように思いますが。
(自分もその時は外をお参りさせていただいただけでした)
 
その妙教寺を見られるだけでも十分に価値があり、実際にその砲弾跡、現存する砲弾にも触れる機会を頂くことができました。
何という貴重な体験!
写真も撮らせていただいて、本当に嬉しい体験に。
本当にありがとうございました!
(掲載許可をいただいておりませんので、写真の掲載は遠慮させていただきます)
 
焼香もさせていただき、その後は講演会。
住職さんによる戊辰戦争の話(妙教寺に伝わる戊辰戦争時の様子は非常に興味深かったです)も興味深く、そして何より一番面白かったのは、淀の歴史を分かりやすく伝えた手作り紙芝居。
これが本当に分かりやすかったです。
幕末好きとしては、淀が戊辰戦争時の激戦区だったことは知っていますが、淀がどういう土地柄で、京都においてどういう役割を担った場所なのかまでは詳しく知らなかったので、そういった面から勉強することが出来たのも、いい機会になりました。
 
そして、最後はいよいよ天然理心流の演舞。
今まで天然理心流の演舞は何回か見たことがありましたが、今回は木刀、真剣、柔術を交えた殺陣など、今まで見た中で一番バリエーションに富んでいて、かなり興奮しました。
中でも、近藤勇のご子孫と井上源三郎のご子孫の演舞は感涙を禁じ得ないレベルで感動しました。
また大声を張り上げる井上さんがかっこよくてですね。
井上源三郎の姿が重なって見えた気がしました。
源さんも、あんな風に近藤さんと稽古していたのかなとか想像すると、ほら涙が……
 
そうなんです、今回の慰霊祭は、近藤勇土方歳三井上源三郎のご子孫が揃っていまして、それもまた見物だったように思います。
貴重なシーンを本当にありがとうございました。
 
もう本当に色々と充実した、何とも勿体なくもありがたい経験をさせていただきました。
井上さんが繋いでくださった縁を大切にして本当によかったと思います。
主催者様、関係者の皆様に心より感謝申し上げます。
本当にありがとうございました!
 
さらっと書く予定が、結局長い話に。
長い割に、相変わらず内容のない話で恐縮ですが(講演会の中身についてはほぼ触れていないし……すみません)今回はこれにて。
また東軍慰霊祭に参加したいものです。
 
それよりも、先に近藤勇忌かなあ。
新選組友の会様主催の慰霊祭で参加できていないのは、近藤勇忌だけになったので。