いこのひびつれづれ。

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幕末講座

東京は日野市から戻ったはいいが、鼻炎が悪化して1日寝込んでました。
何たる。
 
さて、昨日のことになりますが、20日は19日から引き続き日野で過ごしました。
20日は、今回の上京した本来の目的である、某歴史セミナーに参加してきました。
 
そのセミナーは、歴史雑誌「歴史人」主催の幕末セミナー「鬼の副長 土方歳三~子孫が語る新選組副長の素顔と生き様~」です(敬称略)
そう、自分が愛してやまない土方さんに関する歴史セミナーです。
土方歳三資料館の現館長である土方愛(ひじかためぐみ)さんを講師に迎えて、土方さんの出身地である日野市石田にて行うというセミナーに、キャンセル待ちを勝ち取っての参加してきました。
 
そうなんです。
当初申し込んだ段階では、人数が規定数に達したため、受講できませんとの連絡を受けていました。
ところが、1週間前になって、キャンセルが出たので参加できますとの連絡が(と言うか、案内状が届く)
慌てて、ホテルやら新幹線やらの予約を入れて準備した次第。
そのせいで、19日の予定が超絶グダグダになってしまったのですが、まあそれは完全なる余談と言うことで。
 
土方愛さんも「地元(石田)での講座は初めて」という貴重なセミナーの内容は、前半が講座、後半がフィールドワークでした。
前半の講座は、当時の日野市石田はこんな土地だったという興味深い話から始まり、ご子孫の方たちに伝わる土方歳三に関する日野時代のエピソードが紹介されました。
 
日野時代のエピソードは、本でも語られていることが多い話だったので、目新しい情報は少なかったのですが(一応、何も知らない人でも聞けるようにとの配慮もあったので)「石田」に纏わる話は、新選組や土方さんに関する本でも詳述されていない部分なので、非常に興味深く拝聴しました。
本ではせいぜい、土方家が「お大尽」と呼ばれる豪農だった、水害が多かったくらいしか書かれていませんし。
 
講座で聞いた話の中から、初めて聞いた話、興味深かった話を少しだけピックアップすると。
 
・石田村は開墾で出来た村で、多摩川と浅川(「あさかわ」だが、今でも現地の古老の方は「あざかわ」と濁って呼んでいることから、土方さんも当時はそう呼んでいたのではというお話あり)の合流地点にあり、開墾時に土を掘ると石がごろごろ出てきたことから、石の出てくる田「石田」と名付けられた。
 
・明治3年の段階で、537件(日野本郷・平山村を除く)の農家の中、30石以上の豪農は7件のみ、その中に土方さんの生家が含まれていた。
 
・当時は「野生の梨」もあり、名産品でもあった。現在でも梨は植えられているが、それは明治以降に入ってきたもので、野生ではない。
 
・鮎がよく取れたが、その鮎を巡っての争いが絶えず、夏は鮎番と呼ばれた見張りがいた。土方さんの句にも鮎が出てくるが、それは鮎が献上されるほどの名物だったからか。
 
・土方さんが12歳の頃に生家が流されるほどの大雨があったが、その際、倉が流され、物置も屋根が持って行かれ、母屋まで流されそうになる寸前で解体して移築したとのこと。その際、一家は石田寺に身を寄せていた。
 
・土方愛さんもお仕置きと称して閉じこめられたという米倉。土方さんも腕白坊主だったから、閉じこめられた可能性がある。でも、夜毎折檻してもめげることなく、よく食べて腕白に育ったとのこと。
 
・生家には中2階があり、明治期はそこで女性たちが養蚕を営んでいた。
 
・小野路のおばあさんから好物の沢庵を樽ごと貰ったというのは有名なエピソードだが、石田まで14、5kmで山道もあったため、最後の頃は樽を転がして帰ったという。中の沢庵は大丈夫だったのか。
 
・沢庵エピソードでもう1つ。現在、西本願寺そばのお漬け物屋さんが「新選組に売っていた」という体で沢庵を売り出しているらしいが、土方愛さん的には「買っていたかもしれませんねえ(困惑)」という感じらしい。
 
・現在の土方さんのお墓の墓石は、平成になって新しくしたもの。以前の墓石は、マナーの悪いファンにより削り取られ、戒名(特に「歳」の字)が読めなくなるほどになってしまったからとのこと(沖田総司のお墓も削り取るファンが多いために、現在は非公開。これは余談ですが)
 
・石田寺は、土方家にとっては墓所のあるお寺であって、菩提寺は「高幡不動」である。同様に「とうかん森」(とうかんの由来は「稲荷」の音読み説と周辺の10家の鎮守様ということから「とおか」と呼ぶ説などあり)の鎮守様は、土方姓の鎮守様ではあるが、土方さんの生家とは別の「土方家」のもので、鎮守様は別の神様とのこと。
 
・12歳の頃に流されそうになった生家があった場所は、現在は浅川水再生センターにあるサッカーグラウンドの真横の草生い茂った辺り、らしい。
 
一部、フィールドワーク中に聞いた話も挙げましたが、こんな感じでしょうか。
「石田」に関して色々な話が聞けたことは、本当にいい経験になりました。
それだけでも、参加した価値あり。
 
 
後半のフィールドワークは、会場からまず浅川に向かい。
 

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(2014/7/27写真追加)
 
そこから、歩いて5分ほどで石田寺へ。
 
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丁度法事の法要中ということで、石田寺でのお参りは静かにさっとでしたが、セミナー前にゆっくりじっくりお参りした自分に死角はなく(線香もお供え済み、じっくり5分以上墓石に向かい合ってからセミナーに参加)
 
その後は、生家があった辺りを巡り。
 

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(2014/7/27写真追加)
 
とうかん森を抜けて、移築後の生家(土方歳三資料館)へ。
 
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とうかん森は、2年ほど前に何本か樹が伐採されてしまいましたが(自分もショックだった)その際、晴れていたのに黒い雲に覆われて不気味な天気だったと土方愛さんは語っていらっしゃいました。
このとうかん森の鎮守様は、大変気性の荒い神様らしく、粗末に扱うと祟りがあると恐れられたとも。
こちらも、セミナー前にお参りしてますので、祟られないと信じたい。
 
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資料館は今回のセミナーの内容に含まれていませんでしたので、希望者のみだったのですが、ほぼ全員が参加したのではないでしょうか。
ありがたくも開館前に特別に入れてもらい、土方愛さんの解説付きで史料を見られたのも、貴重な体験になりました。
兼定久々に見られて、幸せでしたよ。
 
丁度今年発行されたばかりの資料館の図録やら、色々買い込んで終了。
 
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今回色々お世話になった「歴史人」編集部の方たちや土方愛さんに挨拶をして帰らせていただきました。
その節は本当に本当にお世話になりました。
 
トータル2時間くらいでしたが、かなり充実した時間を過ごすことが出来ました。
参加できた幸運に心から感謝を。
本当にありがとうございました!
 
以上、今回参加した幕末セミナーに関するあれこれでありました。
長文の割りに中身薄い内容ですみませんでした。
 
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【追記】(2014/7/27)
浅川と生家跡地の写真を追加しました。